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2008/02/03

二つの祖国

二つの祖国〈上〉 (新潮文庫)二つの祖国〈上〉 (新潮文庫)
(1986/11)
山崎 豊子

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山崎豊子。
日系アメリカ人2世がパールハーバーを境に日米の挟間で揺れ動く様子を描いてます。2世の兄弟それぞれの葛藤、一世の両親の日本への強い思い。各々、自分のアイデンティティを探し求め、彷徨い悩む様が生々しく伝わってきます。

一概には、一世は祖国に対するアイデンティティが強く、二世は両国の間で揺れ動き、三世は生まれた国へのアイデンティティを持ちながら同時に祖父母の国への好感も持つといわれています(もちろん、一般論であって必ずしも普遍的ではないでしょうが)。この本はその揺れ動く二世を中心にストーリーが進んでいます。

ドイツでずっと育った友人が昔、「俺は日本人である自分も大切にしたいし、ドイツでずっと育った自分も大切にしたい。どっちもバランスよく自分の中に持っていたい。」と言ってましたが、この本の舞台である戦争の時代は余儀なくどちらの国かを選ばざるを得ない厳しい状況だったんですね。しかも、苦渋の選択の末どちらかの国を選び忠誠を誓っても、その選んだ国からは日系アメリカ人ということで「本当の日本人じゃない」「本当のアメリカ人じゃない」と100%認めてはもらえない。(今も、黒い髪・黒い眼・黄色い肌の人がドイツ国籍持ってて「ドイツ人です」と言っても100%受け入れられるかは甚だ疑問ですけど…)

話は飛んで…私は当たり前のように自分を日本人だと感じますが、それでも、ドイツに行けば多少は「帰ってきた」という感覚はあります。日本にも10年ちょいしか住んでないわけで。疑いなく自分は日本人だけど、かといって日本にいなかったときの自分を捨て去ることもできないですよね。たぶん、いま世界には必ずしも一つの国にアイデンティティを感じない人たちがたくさんいることでしょう。そういう人たちがどちらか(どれか)一つの国に縛られずに、自分のアイデンティティを探し出して保持できて、周りにもそれが自然に受け容れられる社会がいいな、と思います。そのためには、どうすればいいか?難しいです。とりあえず、「○○人」を固定的に定義することに固執する必要はないのかなーって。
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コメント

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そうか、そういえばNatsuki先生のママは日系の方やって言ってたね。
けっこう補習校とかもアイデンティティを保持する場所としての役割を果たしてるみたいだね。日本にも各国の補習校みたいなものはあるのかなあ。

ですよね

うちの日系(しかも2世)の母親は、両国の間で揺れ動くっていうのがまさに当てはまってるような気がします。本人はどう思ってるのかは定かではないんですが…。
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